山鹿市の山鹿温泉さくら湯で「お爺ちゃんお婆ちゃんありがとう!湯」と題する敬老の日記念イベント

湯気の向こうに、年輪を刻んだ顔が並んでいる。熊本県山鹿市の山鹿温泉さくら湯で、敬老の日にあわせた「お爺ちゃんお婆ちゃんありがとう!湯」が開かれた。主催は山鹿市地域振興公社。恒例の行事で、75歳以上の先着200人に粗品が贈られたという。

訪れた人の言葉が飾らなくてよい。日課はと問われ、「ジムで運動するくらいですかね」。温泉について尋ねれば、「山鹿にはたくさん温泉があるが、ここが広くて温度もいい」。健康を語るにも自慢を語るにも、力みがない。日々の暮らしのなかに、湯と体があるのだろう。

さくら湯は、江戸の昔から人々が通った湯治場の流れをくむ。山鹿には温泉が点在し、住民には「うちの湯」がそれぞれあるらしい。その中で「ここがいい」と言わしめるのは、広さと温度という、まことに素朴な理由である。湯は、いつも通える近さと、変わらぬ心地よさがあれば足りる。

敬老の日はいつしか、贈り物の商戦や、記念の式典の日になった感がある。式辞や祝い品も悪くはないが、老いた人にとって何よりの敬意は、日常の居場所が守られ、そこへ気兼ねなく出かけられることではあるまいか。浴場に集い、顔なじみと言葉を交わす。その場を整えて「ありがとう」と書いた暖簾をかける。祝い方としては、案外これが一番まっすぐだ。

もちろん、「先着200人」という線引きには、素直な祝意の陰に、運営の現実も見える。粗品はいずれ尽きるし、行けない人もいる。足腰が弱って湯屋まで来られない人、ひとり暮らしで誘い合う相手のいない人にこそ、感謝は届いてほしい。公社の恒例行事が、来られた人だけの祭りで終わらぬよう、地域の目配りを重ねたい。

「ありがとう」を言われる側が、その言葉を受け取りにわざわざ湯へ出向く。この構図には、少し愉快なところがある。感謝とは、贈る側の気持ちの表明であると同時に、受け取る人が胸を張って外へ出る口実でもあるのだろう。ジムに通い、湯に浸かり、粗品を提げて帰る。そんな一日が、来年もその先も続くことが、何よりの敬老かもしれない。

湯上がりの頬を赤くした人々が、暖簾をくぐって秋の空の下へ出ていく。祝われる側であることを、少し照れくさそうに。その背中に、こちらも小さく頭を下げたくなる。

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