長洲町の漁協と大手ゼネコンなどがアサリの稚貝を陸上で飼育する実証試験を始め、試験施設が公開される

有明海の干潟に響く潮騒は、いつの時代も食卓の豊かな恵みを約束してくれた。あさりの味噌汁から立ち上る湯気は、日本の原風景の温もりそのものだ。だが、その小さな貝が今、静かに姿を消そうとしている。

熊本県長洲町では、二〇一三年には九十一トンあった水揚げが、二〇一九年を最後に出荷できないほど激減した。地球温暖化による海水の高温化、度重なる豪雨、そして魚たちの食害。海の環境悪化は人間の想像を越え、身近な海の幸を私たちの手から容赦なく奪いつつある。

そんな窮地に立った長洲町の漁協が手を取り合ったのは、何とも異色の顔ぶれである。土木の大手ゼネコン・大林組に、食品メーカーの味の素。コンクリートを支える技術やプラント構築の知見と、アミノ酸生産の副生液や米ぬかを活用してあさりの餌となるケイ藻を安価に育てる技術が、陸上で一つになった。自然の猛威にただ立ちすくむのではなく、陸の上で稚貝を大切に育み、秋の干潟へと還す。失われた生態系を取り戻すための「育てる漁業」の新たな挑戦が、いまひそやかに幕を開けた。

熊本北部漁協の上田浩次組合長は「海に戻したときに環境が変わるので、どうなっていくのか模索したい」と語る。自然と人間の間に新しい橋を架けるこの試みは、まだ手探りの一歩にすぎない。しかし、効率やスピードばかりが持て囃される現代社会において、失われた命の営みを謙虚に取り戻そうとする地道な努力は、何よりも強い説得力を持つ。

二〇二九年度の実用化を目指すという。かつてのように、豊かな県産あさりが家族の笑顔とともに食卓に並ぶ日を夢見て、異業種の技術と漁師の熟練の勘が手を取り合う。海を傷つけたのが人間であるならば、再びそのバランスを取り戻す術を探り続けるのもまた、私たちの責任にほかならない。干潟を渡る秋の風が、確かな希望の匂いをそっと運んでくる。

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