JA熊本市が現金630万円を横領したとして男性職員を懲戒解雇

朝、一枚の切符を手に改札をくぐる。行く先には見知らぬ景色が広がり、旅人の心を弾ませる。鉄道や旅行券は本来、日常を離れ、新しい自分や大切な人との思い出に出会うための「夢の通行証」であるはずだ。だが、その夢を扱うはずの身近な窓口で、信じがたい「架空の旅」が繰り返されていた。

JA熊本市の旅行センターに勤務していた四十代の男性職員が、約六百三十万円を横領したとして懲戒解雇されていた。手口は巧妙でありながら、あまりに短絡的だ。四年にわたり架空の旅行券を発注しては、JR熊本駅の窓口で換金し、現金を懐に収めていたという。最初は小さな綻びだったのかもしれない。しかし、一度染まった悪習は雪だるま式に膨らみ、やがて旅行代金の回収が滞るという形で、嘘の舞台装置は音を立てて崩れ去った。

事件そのものの悪質さもさることながら、発覚後の往生際の悪さ、そして組織の対応にも釈然としないものが残る。男性は当初、内部調査に対して否認を続けていた。県への報告という外圧があって初めて罪を認めたという。さらに、JA側は家族による全額弁済を理由に刑事告訴を見送り、処分の公表もウェブサイト上のみにとどめていた。不祥事をあえて小さく見せようとする「身内への甘さ」や「事なかれ主義」が透けて見えると言ったら、勘繰りすぎだろうか。

「組合員と利用者の信頼を損ねることになり深くおわびする」と組織は頭を垂れる。だが、信頼という名の城は、築くのには何十年もの歳月と無数の人々の誠実な汗を要するが、崩れるのは一瞬である。協同の精神を掲げ、地域に根差す組織だからこそ、身内の不正に対してはより厳格で透明な姿勢を示すべきではなかったか。

家族の手によって穴埋めされた六百三十万円という大金。それで法的な帳尻は合わせたのかもしれないが、失われた信用はお金で買い戻せるものではない。誰も傷つけないはずの旅行券を、自らの欲望を満たす道具へと変え果てさせた心の渇きは、一体どこから生じたのか。梅雨空の向こう、行き交う列車の音を聞きながら、額に汗して実直に働く地域の人々の信頼を裏切ることの重さを、いま一度深く噛みしめるべきである。

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