「話せば分かる」の先に ― 一通の遺言が、夫婦の老後を守った日

秋も深まり、柿の実が一つ、また一つと枝を離れていく。熟して落ちるのは自然の理だが、人の暮らしの幕引きは、そう簡単に「自然」とはいかない。残された者に、思いもよらぬ後始末が待っているからだ。

先日、弊所の扉を、初老のご夫婦が叩いた。結婚四十年、子はいない。夫は七十一歳、妻は六十八歳。住み慣れた自宅と、こつこつ貯めた預貯金。それが二人の歩んだ歳月のすべてだった。

「私が先に逝ったら、この人はどうなるのでしょう」。夫の問いは穏やかだったが、目は真剣だった。

ここに、多くの人が見落とす落とし穴がある。子のいない夫婦で、夫の両親がすでに他界している場合、夫が亡くなれば、妻とともに夫のきょうだいも相続人になる。遺言がなければ、妻は義理の兄弟姉妹と遺産分割協議をしなければならない。長年疎遠だった相手に実印を求め、話がまとまらなければ、住まいを売って現金を分ける羽目にもなる。夫を亡くした悲しみの最中に、である。

「うちは仲がいいから大丈夫」。そう語る人ほど危うい。相続は仲の良し悪しではなく、法律が定めた順番と割合で動く。しかも争いの多くは、資産家ではなく、ごく普通の家庭で起きている。火種はたいてい「話せば分かる」という楽観の中に潜んでいる。

弊所はご夫婦の話にじっくり耳を傾けた。財産を一つひとつ洗い出し、「全財産を妻に」という夫の思いを、法的に揺るがない文章に落とし込んだ。選んだのは公正証書遺言である。公証人が作成し、原本は公証役場に保管されるので、紛失や改ざんの心配がない。自筆の遺言と違い、家庭裁判所での検認も要らない。しかも兄弟姉妹には遺留分がないから、夫の意思がそのまま実現する。証人の手配も公証役場との調整も事務所が引き受け、ご夫婦は当日、署名するだけだった。妻もまた夫に全財産を託す遺言を作り、二人は互いの「ありがとう」を、確かな形にした。

帰り際、妻は「胸のつかえが下りました」と笑い、夫は「これで安心して旅行に行ける」と応じたという。遺言は死の準備ではない。残りの日々を、気兼ねなく生きるための、いちばん確かな保険である。

柿は落ちても、種は次の春を待つ。人の想いも同じで、紙に託せば残る。だが書かれなかった想いは、法律の機械的な割り算に委ねられるだけだ。「いつか」は、元気な今日にしか書けない。思い立った日が、吉日である。あなたの大切な人は、あなたの「準備」を待っている。

注)本文は事例を創作・再構成したものです。個人が特定されないよう内容を一部変更しています。

💡 熊本の街のニュースから、皆様の暮らしの法務まで
皆様の暮らしの法務まで田村法務行政書士事務所は、熊本市北区を拠点に、市内全域(中央区・東区・西区・南区)の相続・遺言・各種許認可をサポートしています。「うちの場合はどうなる?」と思われた方は、田村法務行政書士事務所の無料相談へ。ご夫婦おそろいでのご来所も歓迎です。毎週土日も無料相談会を実施中(年中無休・9:00〜19:00)ですので、お気軽にお電話ください。
📞 電話:096-343-6655 (事前にご連絡ください)