熊本市の新庁舎整備…立ち止まって再考せよ

初夏の風が吹き抜ける火の国の街で、人々の視線がひとつの建物に注がれている。熊本市役所の現庁舎である。まだ耐用年数には達していない。しかし、その背後では、巨大な新庁舎をめぐる計画が音を立てて膨らみ続けている。

先日、この整備計画を考える学習会が市内で開かれた。壇上に立った奈良女子大の中山徹名誉教授の言葉が、重く響く。「自宅の購入価格が2倍になったら白紙にするのが普通の感覚だ」。実に明快で、誰もが頷く生活実感だろう。2年前に示された基本構想から、全国的な建設費高騰の波にのまれるようにして、概算事業費は最大1230億円へと倍増した。

1230億。数字が大きすぎて見失いそうになるが、これは市民一人ひとりの未来の選択肢を縛りかねない巨費である。中山氏が提案する「現庁舎の長寿命化」は、財政の健全性を保つための現実的な処方箋として極めて説得力がある。使えるものを手入れしながら長く使う。それこそが、今の時代に求められる成熟した都市のあり方ではないか。

新庁舎の整備は、中心市街地の活性化というお題目も背負っているという。だが、私たちは今、人口減少という未曾有の坂道を下っている。右肩上がりの時代と同じ発想で、街の中心部に大規模な箱物を据えれば活気が戻るという神話は、もはや通用しない。むしろ、限られた財源は、これからの福祉や教育、地域の足の確保など、日々の暮らしの安心にこそ分配されるべきだ。

「いったん立ち止まり、市民の意見を広く聞くべきだ」という訴えは、計画の是非以前の、民主主義の基本である。物価高に喘ぐ市民の金銭感覚からあまりに乖離した計画を、このまま突き進めることがあってはならない。今必要なのは、行政の意地ではなく、市民とともに未来の街の身の丈を測り直す、賢明な「立ち止まる勇気」である。

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