熊本県宇城市の学校に侵入し、電動工具などを盗もうとしたとして20代の男が現行犯逮捕

夜の静寂(しじま)に包まれた学び舎は本来、昼間の喧騒を忘れ、明日への英気を養う神聖な空間であるはずだ。そこに土足で踏み入り、あろうことか物色を始める。そんな不届きな事件が、熊本県宇城市の学校で起きた。

逮捕されたのは、隣町の氷川町に住む二十二歳の自称・会社員の男である。十一日の未明、警備会社の素早い通報によって駆けつけた警察官が、敷地内にいた男を現行犯逮捕した。男の足元には、インパクトドライバーをはじめとする電動工具が七個ほど、ひっそりと並べられていたという。調べに対し「窃盗目的で学校に入った」と率直に容疑を認めているそうだが、その潔さをなぜ別の方向へ活かせなかったのかと、暗澹たる気持ちにさせられる。

それにしても、なぜ「学校」であり、なぜ「電動工具」だったのだろうか。学校という場所は、地域社会の信頼の象徴でもある。施錠や警備の網の目をかいくぐり、学びの場を己の小遣い稼ぎの道具と見做した短絡的な思考には、強い憤りを禁じ得ない。また、盗み出そうとした工具の数々は、技術を学び、あるいは校舎を維持するために使われる大切な備品だったはずだ。それらを「換金しやすい物品」として値踏みしたのだとすれば、その精神の貧困さは目を覆うばかりである。

二十二歳といえば、社会に出たばかりか、あるいは自らの人生の土台を築くべき貴重な季節である。自称とはいえ「会社員」という肩書を持ちながら、なぜ目先の欲に駆られ、犯罪の泥沼へと足を踏み入れてしまったのか。若気の至りという言葉では決して済まされない重い十字架を、彼は背負うことになった。

今回の事件は、警備システムの迅速な作動によって未遂に終わり、物品の散逸は防がれた。しかし、破られた平穏と、地域が学校に寄せる安心感に付けられた傷は小さくない。暗闇の中で工具をかき集めていた男の背中に、現代の若者が抱える心の空洞を見るのは穿ちすぎだろうか。動機の解明を待つとともに、学びの場が守られることの重みを改めて噛み締めたい。

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