民法902条の2 相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使はいかなるものか

遺言書で「長男に全財産を譲る」と書かれていたとき、亡くなった父親に借金があったら一体どうなるのだろうか。引き継ぐのはプラスの遺産だけか、それとも借金もか。

民法第902条の2は、まさにこの「遺産の分け方の指定(相続分の指定)」と「亡くなった人の借金(相続債務)」を巡るドラ息子と貸主の化かし合いを裁くルールである。

第902条の2(相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使)
 被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、前条の規定による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、第900条及び第901条の規定により算定した相続分に応じてその権利を行使することができる。ただし、その債権者が共同相続人の1人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない。

身近な事例で考えてみよう。父親が1,000万円の借金を残して他界した。残された相続人は長男と次男の二人。本来の法定相続分は半々の「500万円ずつ」である。ところが、親バカな父親は遺言書に「長男に財産をすべて(10対0で)相続させる」と書き残していた。

ここで長男は「自分は100%相続するから、親の借金1,000万円も自分がすべて背負う」と言い出したとする。一見、男気あふれる態度に見えるが、もし長男が無一文の文無しだったらどうなるか。債権者(お金を貸していた人)からすれば「勝手に一括相続された挙句、返済能力のない長男に集中されては困る。堅実で収入のある次男からも法定相続分の500万円を回収させてくれ」と叫びたくなる。

そこで本条の本文が威力を発揮する。「遺言でどんなに相続分をいじろうとも、貸主は法定相続分(この場合は長男500万円、次男500万円)に応じて返済を請求できる」と定めたのだ。債権者の与知し得ない遺言という密室の事情で、回収のあてを奪われないための強力な防護壁である。

しかし、話には続きがある。但書(ただしがき)の存在だ。もし債権者が「長男は資産家だから、長男が全額1,000万円を背負ってくれるならその方がありがたい」と判断し、指定された相続分での承継を承認した場合は、指定通りの割合で請求することになる。

この条文を巡ってはいくつかの論点が存在する。まず、法改正(2018年相続法改正)によってこの条文が新設された背景だ。かつて判例上は「借金などの可分債務は遺言に関係なく法定相続分で当然に分割される」とされていたが、条文として明確化され、但書によって債権者が柔軟に「指定相続分」か「法定相続分」かを選べる立場が保障された。

また、債権者が承認した場合、残された相続人同士の内部での精算(求償権)はどうなるかという問題もある。長男が1,000万円を返済したとしても、元々遺言で「長男が100%継ぐ」とされていた以上、長男から次男へ「半分払え」とは言えないのが原則だ。

遺言は個人の意思を尊重する素晴らしい制度だが、第三者の権利を脅かしてよい免罪符ではない。法の天秤は、亡き人の想いと、現世の取引の安全という二つの重りを絶妙な均衡で保っているのである。

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