民法904条と特別受益の評価について

時が流れても、過去の好意が色あせることはない。しかし相続の現場では、その好意が時価という名の魔物に翻弄されることがある。親から子へ贈られた一筆の土地や家屋。歳月の果てに親が旅立ったとき、その価値をいつ、どのように測るべきか。民法第九百四条は、この難題に静かな境界線を引いている。

第904条(特別受益者の相続分)
 前条に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。

例えば、三十年前に父親から家を建て直すための土地を生前贈与された長男がいるとしよう。いわゆる特別受益である。父親の死去に伴う遺産分割にあたり、この土地の価額を相続財産に持ち戻して計算することになる。ここで問題となるのが「価値の確定」だ。贈与された当時、その土地が五百万円の価値であったとしても、周辺の開発が進んで相続開始時には三千万円に高騰しているかもしれない。逆に、土地の一部が土砂崩れで流失したり、建物が老朽化して価値が下落している場合もある。

条文は命じる。「相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める」。すなわち、過去の評価額でもなく、現在の変更後の姿でもない。「贈与を受けた当時の状態のまま、相続が始まった時点まで時が経過したとしたら、いくらの価値になるか」を算出するのである。周辺の地価上昇やインフレによる価値変動は相続開始時の時価に反映させる一方で、受贈者の個人的な努力や不注意による価値の増減は差し引いて評価する。

論点となるのは、受贈者の「行為」による変動の境界だ。長男が自費で土地を整地して価値を上げた場合、その上昇分は長男自身の努力の成果であり、他の相続人が享受すべきものではない。逆に、長男の放漫で建物が全焼したとしても、滅失しなかったものとみなして評価額に含める。法は一貫して、受贈者の個人的な事情に左右されない、不公平の是正を目指している。

実務上の観点に目を向ければ、この「原状のまま」の評価は決して容易ではない。何十年も前の贈与当時の状態を証明する写真や資料を揃え、不動産鑑定士の手を借りて過去の状態に基づいた現在の評価額を弾き出す作業は、当事者に重い負担を強いる。生前贈与を検討する際には、将来の無用な紛争を防ぐためにも、遺言書で「持ち戻し免除」の意思表示を残しておくか、当時の状態を示す記録を保存しておくことが実務上の智恵となろう。

形ある財産は時代とともに移ろい、人の手を経て姿を変える。だが、法が守ろうとしているのは、残された相続人たちの間に横たわる公平さの均衡にほかならない。歳月をさかのぼり、公正な視線で過去を見つめ直すこの条文は、人間の情愛と利害が交錯する相続というドラマにおいて、冷徹ながらも温かい一線の道標となっている。

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