イタリアのメローニ首相が20日、イスラム教徒の女性が全身を覆うブルカや目元だけを出すニカブの着用を学校で禁止する方針を発表
イタリアのメローニ首相が20日、イスラム教徒の女性が全身を覆うブルカや目元だけを出すニカブの着用を学校で禁止する方針を発表し、1クラス内の外国人児童・生徒数の上限を定めるとも述べた。
教室という場は、本来、顔と顔とを合わせて言葉を交わす場である。表情の機微、まなざしの揺らぎ、そうした無数の非言語の情報が、教師と生徒の間に信頼という見えない橋を架けていく。イタリアのメローニ首相が学校内でのニカブとブルカの着用を禁じる方針を打ち出したという報は、その橋を守ろうとする一つの意思表示として読むことができる。
布一枚が、人と人との間に高い壁を作ることがある。顔が見えなければ、誰が笑い、誰が戸惑っているのかさえ分からない。教育とは本来、個々の表情を読み取りながら積み重ねる営みではなかったか。あわせて1クラスあたりの外国人児童・生徒数に上限を設けるという発表も、急速な変化に追いつけぬ教育現場への一つの処方箋と映る。
翻って日本はどうか。外国籍の子どもが急増する教室で、言葉の壁に悩む教師の声は各地から聞こえてくる。制度の整備が追いつかぬまま現場任せにされている実情も少なくない。高市新政権には、他国の判断を虚心に見つめ、教育現場の実態に即した速やかな検討を望みたい。子どもたちの学ぶ権利を守るための議論は、早いに越したことはない。

