高市首相と吉村洋文氏の国会運営を厳しく糾弾すべき…副首都関連法を巡る一連の狂騒

「首都が壊滅したとき、どこで国を動かすのか」。巨大災害が現実味を帯びる日本において、バックアップの確保は確かに国家の危急の課題である。しかし、昨日深夜、与党や「チームみらい」などの賛成で可決・成立した副首都関連法を巡る一連の狂騒を前に、深い暗澹(あんたん)たる思いを拭えない。

本来、国の骨格にかかわる危機管理の制度設計は、与野党を超えた熟議と開かれた議論の末に導き出されるべきものであろう。ところが、見えてきたのは国家の百年の計というより、特定の政治勢力の意図に引きずられた泥縄式の攻防であった。「大阪都構想」の亡霊を追うような懸念を払拭できぬまま、なぜこれほど拙速に事を急がねばならなかったのか。疑問にまともに答えることなく数を頼みに押し切る姿勢は、議会政治の著しい形骸化を物語っている。

野党側の突っ込みによって滑り込みで追加されたという付帯決議の内容にも首を傾げざるを得ない。「地方選と住民投票の日程が重ならないよう最大限調整する」などという付帯決議は、土壇場の追認工作、いわば「お茶を濁すための言い訳」に過ぎまい。法案そのものの正当性や理念を論じ尽くすことなく、単なる手続きの目配せで茶を濁すようでは、猛省が求められる。

さらに不可解なのは、同日予定されていた高市総理大臣出席の予算委員会集中審議が延期されたことだ。政局の駆け引きに終始し、国会最高レベルでの説明責任を後回しにする。国家の司令塔のあり方を論じる法案を通す一方で、自らの説明責任から目を背ける姿勢には、矛盾と自己都合しか見えない。

東京一極集中のリスクを真に憂えるならば、いま必要なのはパフォーマンスめいた法成立ではない。国民の生命を守る実効性と、透明性ある合意形成だ。深夜の喧噪とともに閉幕した国会に残されたのは、機能不全に陥った政治の貧しき影ばかりである。

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