相続の開始後に認知された相続人が現れたらどうなるか 民法910条の支払い請求権

時間の針を巻き戻すことは誰にもできない。だが、人の生き死にと遺産を巡る葛藤は、時に「時計の針を途中で入れ替える」かのような劇的なドラマを生む。ある日突然、見知らぬ人物が「自分も亡き父の子供だ」と現れたらどうなるだろう。

ここに一つの事例がある。実業家の甲氏が他界した。残された妻と長男は、甲氏が遺した3億円相当の不動産と預貯金を分ける話し合いを終え、自宅の登記も済ませた。平穏な日々が戻ったかに見えた数か月後、認知請求訴訟を経て一人の子供乙氏が法的に「甲氏の子」として認められた。遺産を分け合った後になって、新たな相続人が誕生したのである。

本来なら、遺産分割をやり直すのが筋かもしれない。しかし、すでに売却された土地や消費された預金を引き戻すのは、社会の取引を混乱させ、他の相続人にとっても酷である。そこで登場するのが民法第910条だ。条文は素っ気なく告げる。「分割が済んでいるなら、現物ではなく『価額(お金)』で支払いを求めなさい」と。取引の安全と新たな相続人の権利保障、その絶妙な妥協点である。

第910条(相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権)
 相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。

法的な論点は深く味わい深い。支払われるお金の評価額は「死亡した時」か、それとも「請求した時」か。最高裁は後者の「請求時(分割時)」の時価を基準とする立場をとる。時代の移り変わりで不動産の値が跳ね上がっていれば、後から認知された者はその恩恵に預かれるわけだ。さらに、認知前に他の相続人が得ていたアパートの賃貸収入(果実)までは請求できないとされるなど、細やかな線の引き方がなされている。

実務の場に視点を移せば、生前の対策がいかに肝要かを痛感させられる。認知の裁判は長引くことも多く、請求を受ける側は予期せぬ巨額の現金を用意しなければならないリスクに直面する。遺言書の作成や生命保険を活用した資金の準備など、法が差し出す「価額の支払い」という処方箋を、いかに円滑に執行するかという知恵が問われるのだ。

血縁という目に見えぬ絆と、法律という冷徹な制度。910条は、過去の事実と現在の生活の双方を静かに見つめながら、双方の均衡を保とうと揺れている。人生の幕引きに添えられるこの条文には、人間社会の業と理性が凝縮されている。

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