民法893条 遺言による推定相続人の廃除はどんな制度か

「あのバカ息子には一銭も渡さん」。落語やドラマの修羅場で耳にする決まり文句である。だが、現実の法律はそう簡単ではない。遺言書にいくら「長男には相続させない」と怒りを叩きつけても、相続人には最低限の取り分である「遺留分」が保障されているからだ。この強固な権利を奪い、完全に相続の輪から外す手続きが「推定相続人の廃除」である。そして、それを遺言によって行うルールを定めたのが民法第893条にほかならない。

第893条(遺言による推定相続人の廃除)
 被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。

たとえば、長年にわたり父親に暴力をふるい、借金の肩代わりを迫り続けた不肖の息子・A氏がいたとする。耐えかねた父親は「Aを相続人から廃除する。遺言執行者には友人の弁護士を指定する」と遺言を残してこの世を去った。この時、父親の無念を果たすためバトンを受け取るのが遺言執行者である。条文は「効力が生じた後(=父親の死亡後)、遅滞なく家庭裁判所に請求しなければならない」と命じる。

ここで大きな法律上の論点が浮かび上がる。まず、生前ではなく「遺言」で廃除を行う場合、被相続人本人はもうこの世にいないという点だ。ゆえに、故人の残した遺言書に「正当な理由」が書かれているかが厳しく問われる。虐待や重大な侮辱など、単なる「性格の不一致」では認められない。故人の感情的爆発か、真の権利剥奪に値する非行か。家庭裁判所は慎重に証拠を吟味することになる。

第二の論点は、請求を任された遺言執行者の重責と役割である。もし遺言書で執行者が指定されていなかったり、指定された人が辞退したりした場合はどうなるか。この場合、利害関係人が家庭裁判所に選任を立て替えねば、廃除の手続き自体が進まない。さらに「遅滞なく」と定められている以上、執行者は遺言を知ったら速やかに動く義務を負う。故人の声を裁判所に届ける唯一の「メッセンジャー」だからである。

そして第三の論点は、「効力の遡及(そきゅう)」である。裁判所の審判には時間がかかる。もし数か月後に「廃除認容」の確定審判が出た場合、A氏はいつから相続人でなくなったとされるのか。同条後段は「被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる」と明記する。つまり、父親が息を引き取った瞬間に遡ってA氏は相続権を失う。これにより、遺産分割協議のやり直しや権利の混乱を防ぐという法的安定性が保たれる仕組みだ。

ただし、法律のドラマはここでは終わらない。もしA氏に子供(父親から見た孫)がいた場合、「代襲相続」が発生する。親の罪は子に及ばず。A氏が廃除されても、その子供が代わりに祖父の遺産を受け取る権利を得るのだ。憎き我が子を排除したつもりが、血脈と財産のゆくえは複雑に交錯していく。

一通の遺言書に込められた、生前の葛藤と無念。民法893条は、死者の遺志を厳格な法の手続きへと翻訳し、残された家族の秩序を守るための「厳格な橋渡し」の役割を果たしている。

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