熊本市議会、分裂していた自民系2会派が合流し、21人の自民党市議団に
雨降って地固まる、という言葉がある。だが、熊本市議会で起きた自民党系会派の再編劇を眺めていると、固まったのは土台ではなく、単に数の論理ではないかとの疑念が拭えない。
新庁舎の整備計画を巡り、路線や方針の違いから2020年に分裂した自民系勢力。一時は4つの会派に細分化し、議場に混迷の影を落としていた。それが一転、最大会派の「自民党市議団」に第2会派の「熊本自民党市議団」が合流し、総勢21人の巨大勢力が蘇ったという。定数48の過半数に迫る塊(かたま)りの誕生である。
合流の口実に躍り出たのは、「熊本地震からの復旧」や「政策立案能力の向上」といった大義名分だった。合流した側の議員は新庁舎整備について「推進の立場だが事業費の縮減など市民が納得できるよう議論したい」と語り、復旧対応や市政発展のために団結したと強調する。
だが、首を傾げざるを得ない。新庁舎の建設事業費は当初の想定から大きく膨らみ、市民の間には冷ややかな視線や疑問の声が根強く渦巻いている。市民の懸念を代弁し、執行部をチェックすべき議会が、事業費の見直し論を免罪符にして安易に「推進」へと舵(かじ)を切り、数で力強さを誇示する構図は見過ごせない。
「新風熊本」と「創生熊本」の2会派は合流に応じず、現状維持を選んだという。一枚岩になれぬ姿は一見すると不協和音に見えるが、安易な数の合流に流されない主張の懸隔が残っている証左でもあるだろう。
政治における「団結」は結構なことだ。しかし、それが市民不在の都合による数合わせであってはならない。分裂の根にあった新庁舎整備への姿勢や税金の使途に対する厳格な視点が、巨大会派の誕生によって曖昧(あいまい)になり、うやむやにされることこそが最も恐ろしい。
肥後モッコス(頑固者)の精神は、内輪の結束ではなく、市民の暮らしと税金を守る言論の府としての矜持(きょうじ)にこそ向けられるべきだ。膨らんだ21人の巨体が市民の声を押し潰す重石(おもし)とならないか、これからの議論の深さを注視したい。

