相続財産の管理についてはどうするのか 民法918条の解説
人は誰しも、いつかはこの世を去る。そのあとに残されるのは、思い出の詰まった品々や、時に頭を悩ませる「遺産」という形ある現実である。ぽっかりと空いた部屋に残された形見の品を見つめながら、遺族は途方に暮れる。手をつけていいものか、そのままにしておくべきか。
民法第九百十八条は、そんな相続の入り口に立つ人々へ向けて、静かに一つのルールを説いている。「相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない」。難解な法律用語のようでいて、その実、残された財産に対する心構えを説いた言葉である。
第918条(相続人による管理)
相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない。
ここでいう「固有財産におけるのと同一の注意」とは、自分の持ち物を扱うのと同じくらいの誠実さで、放っておいて散逸させたり傷つけたりしないように管理しなさい、という義務を指す。たとえば、遠方に住む親が亡くなり、実家が空き家になったとする。台風が近づいているというのに「自分のものではないから」と雨戸も閉めずに放置し、窓ガラスが割れて家財が水浸しになれば、この管理義務違反を問われる余地が生じる。
実務的な観点から見ると、この条文は相続人にとって悩ましい「落とし穴」をいくつも孕んでいる。相続するか放棄するかを決めるまでの「熟慮期間」(原則として三か月)の間、財産をどう扱うかは大きな問題だ。下手に形見分けをしたり、遺品のなかの換金できそうなものを売ったりすると、「相続を承認した(単純承認)」とみなされてしまい、のちのち多額の借金まで背負う羽目になりかねない。一方で、放置しすぎれば管理義務違反と言われ、動くに動けないジレンマが生まれる。
特に昨今、社会問題化している「実家の空き家」や「大量の不用品」の山を前にして、この条文の重みは増している。遺産相続は、お金の分け合いという華やかな側面ばかりではない。故人が生きた証しである「もの」の山を前に、途方に暮れながらも適切な注意を払い続けるという、地味で重たい責任の遂行でもあるのだ。
条文の後半には「ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない」とある。ようやく身の振り方が決まれば、この暫定的な管理義務から解放される。遺産の扉を開けるとき、私たちは単に財産を受け継ぐだけでなく、「ものを管理する責任」という重たい荷物を、そっと背負い込むことになる。

