「松橋事件」国賠訴訟 国と熊本県に賠償命令 県警の取り調べ違法性も認める
長時間の追及で心身を削り、つじつまの合わない自白へと追い込む。手元にある不都合な証拠は伏せ、裁判を有利に進める。かつて捜査現場で横行した「暗黙の罠」が、司法の信頼をどれほど深く傷つけてきたか。松橋事件の国家賠償請求訴訟における福岡高裁判決は、その闇の深さを改めて白日の下に晒した。
1985年に熊本県旧松橋町で起きた殺人事件で、無実の罪を着せられた故・宮田浩喜さん。懲役13年の服役を経て再審無罪を勝ち取ったものの、取り戻せない歳月と傷つけられた尊厳の重さは計り知れない。一審では検察の証拠開示義務違反のみが認められていたが、控訴審判決は一歩踏み込んだ。逮捕前、9日間にわたり計約81時間にも及んだ警察の取り調べを「自白させる目的の過剰な追及であり、社会通念上相当な限度を逸脱していた」と明確に違法と断じたのである。
さらに厳しい眼差しが向けられたのは、検察の姿勢だ。犯行に使われ燃やしたとされた布片が見つかっていたにもかかわらず、自白と矛盾するその存在を隠し続けた。判決文が寄せた「いわば握りつぶした形となり、失望を禁じ得ない」という言葉には、法の正義を守るべき機関に対する怒りと痛烈な戒めが込められている。真実を探求するはずの捜査が、いつしか「見立て」に事実を合わせる作業へとすり替わっていたと言わざるを得ない。
宮田さんは判決を見届けることなく、87歳でこの世を去った。遺族が引き継いだ訴訟で示された今回の判決は、単なる損害賠償の確定にとどまらない。密室での取り調べと証拠の独占がいかに冤罪という悲劇を生むかを示す、重い警鐘である。関係機関はこの判決を単なる過去の不祥事として片付けてはならない。自白頼みの危うさと真摯に向き合い、捜査・公判のあり方を根底から見直すことこそが、無実の罪に泣いた故人とその遺族への最低限の報いとなろう。
