九州防衛局、熊本県に配備された長射程ミサイルについて、住民を対象とした展示会を初めて開くと発表
ミサイルが「見学」の対象になる時代である。熊本市の健軍駐屯地に今年3月、配備された長射程ミサイル「25式地対艦誘導弾」。九州防衛局が来月、地元住民らを招いて初の展示会を開くという。配備後に住民向けの説明もないまま進んできた経緯があり、知事や市長らの要望に応える形での開催だそうだ。
巨大な防衛装備品を目の当たりにして、参加者は何を思うのだろう。最新鋭の防空技術や射程の長さに感嘆の声を漏らすのか、それとも間近に置かれた「威嚇と破壊の道具」に言葉を失うのか。防衛当局としては、現物を公開して「透明性」や「理解」を醸成したい狙いがあるのだろう。しかし、展示会という手法が持つ特有の危うさを無視するわけにはいかない。
兵器の展示は、往々にして技術的な関心や好奇心を前面に押し出し、その本質である戦慄(せんりつ)を覆い隠してしまう。無機質な車体や美しいフォルムの誘導弾をひと目見るだけで、それが万が一運用された際の惨禍まで想像するのは易しくない。「見せる」ことが、かえって「防衛力の誇示」や「既成事実の受容」へとすり替わってしまう懸念はないか。
住民が本当に求めているのは、展示品としての兵器を眺める機会ではないはずだ。なぜこの地に配備されたのか、有事の際に周辺住民の安全はどう担保されるのかといった、切実な問答の場ではないか。言葉による誠実な説明を後回しにしたまま、まずは現物をお披露目するという順番には、どうにもちぐはぐな印象が拭えない。
沈黙するミサイルの金属片は、自らリスクを語らない。防衛局が展示会という「一方的な提示」にとどめず、住民の不安や疑問にしっかりと向き合う双方向の対話を開くこと。それこそが、安全保障の拠点を背負わされる地域に対する、最低限の礼儀であるはずだ。
